第4回:少子・高齢社会の中の日本の福祉

掲載日:2017年2月10日(金)

認知症高齢者の介護者にとって、しばしば、認知症の方の言動で、精神的に苦痛や疲労を感じてしまうことがあります。その具体的なある生活場面を紹介したいと思います。

娘と同居している認知症の男性Aさんの事例です。ある日、午前8時頃、朝食を娘さんとAさんが一緒にとりました。しかし、朝食後、一眠りしたAさんは、午前10時頃に再起床し、「そういえば朝ごはんを食べてない。」と言い出しました。「さっき私と一緒に朝ごはんを食べたでしょう」と娘が伝えても、聞く耳をもちません。この問答を数回続けていると、Aさんは突然、怒り出し、「何で私だけ食べさせてもらえないのだ」、「私に何か恨みでもあるのか」と支離滅裂な言動を繰り返します。そのうち、怒りを爆発させたAさんは、テーブルの上にあった、コップを娘に向かって投げつけてしまいました。幸いにも娘さんに怪我はありませんでしたが、優しかった父親の変貌ぶりに、娘さんは大変、心を痛めてしまいました。

このケースはよくあるお話しですが皆さん、ここで認知症、特にアルツハイマー型認知症の特徴を思い出していただきたい。主な症状としては、

①記憶障害
②失認(目に見えているものが何か理解できない)
③失行(動作の仕方がわからない)
④失語(名前がでてこない)
⑤実行機能障害(手順がわからない)
⑥見当識障害(時間→場所→人の順に認識できなくなる)
⑦理解力・判断力の低下

などが出現するのです。つまり「そういえば朝ごはんを食べてない」という訴えは、記憶障害が原因であり、Aさんに悪気があるわけではないということです。つまり、ご飯を食べたという「記憶のみが欠落」したために、この発言につながったということです。

では、どうすれば良いのかをお話しする前に、認知症でない私たちは、日常的な自らのコミュニケーション習慣をまず自覚する必要があります。それは『親切心から、困った人や不安な人に説明する(教えてあげる)』という習慣です。人に道を聞かれたら『説明』する、危ないことをしている人を見かけたら『注意(説明)』するという習慣です。Aさんが、「そういえば朝ごはんを食べてない。」と不安を口にしたら、娘は「さっき私と一緒に朝ごはん食べたでしょう」と説明したのです(教えてあげたのです)。
このケースの場合、Aさんは、ご飯を食べたという「記憶」を忘れているわけですが、それ以外の記憶は正常なのです。その「記憶の欠落」した部分に対して、いくら説明してみてもAさんが納得するわけがありません。よってAさんに「コップをなげつけた理由」をお伺いしたら、次のようにお答えになるでしょう。「ごはんを食べていないと娘に伝えたが、一向にご飯の準備をしてくれない。何であんな嫌がらせをするのか。そればかりか、しつこく私と一緒に食べたでしょうというばかり。ご飯を食べていないのは、事実なのに。馬鹿にしているのか。だんだん腹が立ってきて、思わず、カットなってコップを投げつけてしまった」と言われると思います。

このように「記憶の欠落」部分に対して、親切心から「説明」するこの行為自体が、認知症高齢者をさらに不安や焦燥感等を感じさせ、挙句の果てに暴言・暴力に発展する引き金となってしまう場合があるのです。中には、説明して納得される認知症の方もおられますが、「説明」しても不安になる方への対応方法の基本は、「説明」するよりも「納得」してもらうことが重要なのです。今回のケースの対応例としては、「おにぎり等の軽食を準備する」や「今から準備するので、しばらくお待ちいただけますか」等、認知症高齢者の訴えを否定せず、「納得」、「安心」していただけるよう対応を工夫することが大切なのです。

(参考文献)『きらめき認知症ハンドブック』 株式会社日本保険新聞社