杉山先生と堪忍の話

掲載日:2024年1月1日(月)

 昨年の11月3日に、御法推進全国大会がリモートで開催されました。これは、〝杉山先生伝来の三徳のみ教えをみんなで一生懸命実行し、弘めて行こう〟という決起集会です。

 杉山先生が明治42年に仏教感化救済会を創立されてから、本年は116年目に当ります。杉山先生は開教当初に『世界の鑑』という施本を作られました。それを当時の信者さん達が買って、街頭で配られました。3センチぐらいの厚みの文庫本サイズのものです。『世界の鑑』という題名は〝三徳のみ教えを国民一人ひとりが実行し、行住坐臥お題目を唱えて日本がすばらしい国となり、世界の国々の鏡、即ち模範となるように〟という杉山先生の願いが込められていました。

『世界の鑑』には、日蓮聖人の御一代記と法華三部経(無量義経・妙法蓮華経・観普賢菩薩行法経)の解説が書いてありました。かなりむずかしく、簡単に理解できるものではありませんが、これを街頭で道行く人々に配られたのです。〝一般の人々がこれを手に取って理解できたのだろうか〟と疑問に思われる方もあると思います。しかし、杉山先生は「この本に触れるだけで御法との縁ができる。救済会との縁ができる」と言われ、「できるだけ多くの人に配るように」と指示されたのです。

 本を買って読まずに置いておくことを積読と言います。

〝本は買うだけではだめで、読まないといけない〟と思いますが、そうではないようなのです。積読は読書家の方に多いようです。たくさん本を読まれる人ほど読んでいない本がたくさんあります。先代日達上人も本当にたくさんの本を読んでおられましたが、昔から買って読んでいない本もかなりありました。

 アサヒビールの社長、会長やNHKの会長等を歴任された福地茂雄さんが言っておられます。

「私の書棚にはその内にゆっくり読もうと思っている積読の本がたくさんある。森信三氏の『修身教授録』には、『書物というものはただ撫でるだけでもよい。それだけでその本に縁ができるからだ』とある。私の積読を認めてくださる一説だ」

「全一学」を提唱した哲学者、森信三さんも杉山先生と同じことを言っているのです。

 実業家の執行草舟さんは、何万冊も本を読まれたという方ですが、執行さんは「本は読むのが一番いいが、良質の本は買って並べておくだけで精神が知的になる。本から波動が来るからだ。積読は100点ではないが80点くらいの価値はある」と言っています。

 極めつきは、書評家の永田希さんです。その著書、『積読こそが完全な読書術である』の中で「読んでいない後ろめたさなど捨てよう。真の読書家は積読家である。さあ、本を積もう」と言っています。私も積読が多いので、心が楽になります。

 さて、「『世界の鑑』に触れるだけで縁ができる」という話ですが、現在の愛知県江南市で、当時『世界の鑑』を名古屋でもらわれた方がありました。その方が〝私にはむずかしいが、近所に住む鈴木芳蔵さんなら、法華経の勉強を熱心にしているということだから、きっとあげたら喜ばれるだろう〟と思われ、芳蔵さんに『世界の鑑』を渡されたのです。芳蔵さんというのは、御開山上人の叔父さまで、後の鈴木慈学上人です。芳蔵さんはすぐに内容を理解し、〝これはすばらしい。この本を発行している人にぜひ会いたい〟と、すぐに巻末の住所をたよりに名古屋の仏教感化救済会本部を訪れたのです。

 その時、杉山先生は芳蔵さんに言われました。

「あなたは『仏教を知っている。法華経を知っている』と言われるけれども、それは世界地図を見て『世界を知っている』と言っているのと一緒です。例えば貿易でもやろうとしたら、地図だけでは何もできないでしょう。だから法華経を知っていると言っても、その実行ができなかったら本当に知っていることにはなりませんよ」

 芳蔵さんは杉山先生の話を聞いて感激し、すぐに甥の修一郎さん(後の御開山上人)にその話をしたのです。修一郎さんは当時、人生に悩んでいました。商売に成功して、茶道や華道を嗜んだり、琵琶を習ったり、ドイツ製の自転車に乗られたりしていたのですが、心が満足しませんでした。

〝人生とは一体何だろう。本当の幸福とはどういうものだろう〟と悩んでいました。それを知っていた芳蔵さんは、「修一郎さん、一度名古屋の杉山辰子という女性に会うといいよ。今の悩みがすべて氷解するよ」と勧められ、修一郎さんは杉山先生に会いに行かれました。その時の修一郎さんと杉山先生の会話が『日本の福祉を築いたお坊さん』という本に載っています。

 杉山先生はいきなり言われました。

「あなたは自分の正体がわかっていますか。あなたには、あなたでなければできない大切な役割があります」

「私の役割とは何でしょう。私は人生の意味を求めています。どうしたら本当の幸せになれるのか、日々考えています」

「あなたのような立派な魂を持った人は、それ相応の生き方をしなければなりません。あなたに課せられた役割とは、自分自身で追々気がついていくことでしょう」

「その役割に気がつくと、幸せになれるのでしょうか」

「幸せになりたければ、幸せの種をまくことが必要です。米も野菜も種をまかなければ、収穫することはできません。幸せの種さえまけば、人は本当の幸せになれるのです」

「幸せの種とは何のことでしょうか」

「幸せの種とは、法華経の教えを実行することです」

「法華経の実行とは一体どういうものでしょうか」

「第一に行住坐臥と言って、道を行く時も寝ている時も、とにかく何をしている時にも、『南無妙法蓮華経』とお題目を唱えるのです。そして、親のない子、病気で苦しむ子、生活に困っている不幸な人々を助け、幸せに導くのです。不孝な人々の手助けをすることこそ、幸せの種まきにほかなりません。あなたが求める幸せは、法華経を実行し、人々を幸せにすることによってのみ得ることができるのです」

 大正13年、杉山先生58歳、修一郎さん23歳の出会いでした。それから間もなく修一郎さんは信仰生活に入り、生の松原でのハンセン病患者の救済に始まり、孤児、貧児、障がい児の養育をする人生へと続いていくのです。そして戦後、現在の法音寺を開山し、昭徳会を創設し、日本福祉大学を創立されるのです。これらがすべて、一冊の『世界の鑑』から始まったわけです。『世界の鑑』を江南市寄木の誰かが手に取ったところから始まったのです。

 以前、この話を法話でしたところ、西支部の支部長を長くつとめられた春日井昌行さんが私のところに来られて、「うちもそうなんですよ。父が鶴舞公園で『世界の鑑』を受け取って、そこから信仰が始まったんですよ」と言われていました。

 杉山先生は教化の初めには必ず「堪忍」ということを言われたそうです。当時の信者さんの体験談を読みますと、やはり堪忍の話がとても多いです。慈学上人も御開山上人も堪忍から実行されたそうです。どうして堪忍が大事かと言いますと、私達を苦しめる三毒というものがあります。「貪・瞋・痴」です。「貪」とは貪りです。欲望のままに生きることです。「瞋」とは感情のままに怒ることです。「痴」とは無知で迷い惑うということです。これらを抑えるのが堪忍です。お釈迦さまは、この中で〝殊に怒りは一番の害悪である〟と言っておられます。怒ることによって人間は体も壊しますし、何より徳が燃え尽くされ、すべてをなくしてしまうのです。怒りほど恐ろしいものはないのです。それを防ぐのが堪忍です。

 昔からよく読まれている健康法の本『養生訓』を書いた貝原益軒という人がいます。この益軒が『養生訓』の中で「七情というものがある」と言っています。「七情」とは七種類の感情のことで、「喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲」です。この内の怒と欲、怒というのは瞋で、欲というのは貪です。この二つが最も徳を傷つけ、人生を損なうと言っています。また、「怒りを抑え、欲を我慢するのは易経でも戒めている。怒りは陽に属し、火が燃えるようである。人の心を乱し、元気を損なうのは怒りである。抑えて忍ばないといけない。欲は陰に属し、水が深いようなものである。人の心を溺れさせ、元気を減らすのは欲である。心して防がなければならない」と言っています。怒りは火事、欲は底なし沼のようなものということだと思います。

 続けて、喜と楽について言っています。

「喜びと楽しみを激しく表すのはよくない。内なる気を使いすぎて減る。また哀についても、孤独で憂い悲しみが多いと、気が流れないで塞がる。減るのと塞がるのはどちらも元気の害となって人間が弱る」と言っています。結論として益軒は「心を平らにし、気を和らかにし、言葉を少なくして静かにする。これが徳を養い、身を養うことになる」と言っています。

 お釈迦さまの教えに『大吉祥経』があります。「大いなる幸福の教え」です。ある時、一人の立派な人物が祇園精舎にやってきて、お釈迦さまに願い出ます。

「世の人々はみな幸福を願っています。どうしたら最上の幸福を手に入れることができるか、それをお教えください」

 それに対してお釈迦さまは「十一の偈文」を説かれます。それが実にわかりやすいものなのです。いくつか紹介します。

「愚かなる者に親しみ近づかぬがよい。賢き人々に近づき親しむがよい」

「常に功徳を積もうと思うがよい。また正しき誓いを立てるがよい」

「規律ある生活を習うがよい。良き言葉に馴染むがよい」

「よく父母に仕えるがよい。妻や子を慈しむがよい。正しき仕事に励むがよい」

「布施をなし、戒律をたもち、血縁の人々を恵み助け、恥ずべきことを行わないのがよい」

 そして結びにお釈迦さまは、これらの実行を続けていけば、どんなことにも心乱されることなく、愁いもなく怒りもない、この上のない安穏な境地に至り、どこにいても最上の幸福を享受できると言われています。

 益軒の話もそうですが、心の制御が正しくできる人が幸福者ということになるのです。その意味で杉山先生の言われた、「まず一日の堪忍」となると思います。

 最後に杉山先生時代の信者さんの堪忍の体験談を紹介します。

 近藤英二郎さんという方の体験談です。この方は昭和6年5月に奥さんに伴われて、初めて杉山先生に会われたそうです。すると先生がいきなり言われました。

「あなたは良い魂を持ちながら、かわいそうに、今まで何もお知りにならずに暮らしてこられましたね。あなたは、今ここで悟ってもらわなければなりません。それはどういうことかと申しますと、この娑婆に生まれてきたのは、功徳を積んで悪い因縁を取り去り、お父さんやお母さんの後世の難儀を救うためであります。うかうか暮らしておられると、あなたは災難に遭って苦しまねばならぬことも来ます。何はともあれ、災難が来ても大難は小難、あるいは無難であれば大事な命も助かります。そのためにはまず堪忍をしてください」

 それから後、11月頃にまた杉山先生にお会いすると先生が言われました。

「あなたは来年の2月頃、片腕を折られるという悪い因果がありますので、一生懸命に堪忍をして、妙法を唱えてください」

 この方は、東洋紡の女子工員の監督をしておられました。後に近藤さんは言いました。

「〝災難に遭ってはならん〟と考えて、一生懸命堪忍をすることにしました。堪忍という二字を紙に書いて、それをポケットに入れて、絶えずそれを見て、また妙法を唱えて工場内を回っていました。すると不思議にも皆の者が大変成績良く働いてくれるようになりました。叱って回るよりも、堪忍して妙法を唱えつつ回った方が、成績が良いのは不思議でありました。ちょうど2月11日の出来事でした。モーターに故障が起きたので、止めて直せば良いのですが、止めもせず、〝ちょっと直してやろう〟と思って手をかけたのが誤りでした。手をかけるや否や、あっという間もなく手の指がリューズに食われてしまいました。思わず『妙法蓮華経』と言って手を引きましたが、既に親指は爪から先が潰れていました。真っ赤な血が流れていました。付近にいた者がわいわい騒ぎました。はっと思い出したのが杉山先生の予言です。〝そうだ。これが大難を小難で受けたということだ。ありがたい〟と思いました。早速、先生にお礼を申し上げて来ようという気になり、傷口をハンカチでくるんで先生のもとへ駆けつけました。先生は『そうか、そうか』と言われて、怪我をした指に口を当てて『妙法蓮華経、妙法蓮華経』と唱えかけてくださいました。そうして絆創膏を巻いて、『これが自然にとれるまでとってはならんよ』と言われました。不思議にもズキンズキンと痛かったのもピタリと止みました。そこで先生は『このようなことになるのは、あなたの今から9年前の正月の心遣いですよ。思い出せますか』と言われました。思い起こせば、それはちょうど9年前、私が愛媛県の工場にいた時のことです。同僚の坂井という者が始終私と意見が対立して、彼のことが嫌で仕方がありませんでした。正月のことです。その坂井がシャフトに巻き込まれて片腕を折られたのです。その時に〝いい気味だ〟と思って、赤飯を炊いて祝って、お酒を飲んだのです。当然、見舞いにも行ってやりませんでした。何という心遣いでしょう。全く鬼か畜生の心遣いです。修養がないとは申しながら、他人の不幸を喜ぶという全く浅ましい心遣いをいたしました。恐れ入って、先生にお話ししますと、先生は『あなたはこれから妙法によって生きて行かれれば、そういう悪い心遣いをした因果も消滅しますよ。喜んでください』と申されました。その時は何だか、うれしいような、ありがたいような気がしました。その指は二週間ぐらいで、絆創膏がスッと取れました。指は元通りに治っていました。実にありがたいことと感謝しております」

 この体験談は杉山先生の三世を見通す神通力のすごさと同時に、堪忍がいかに大事かということを思い知らされる話です。堪忍をすることによって過去の罪障が消滅されて、受けるべき大難が小難となり小難が無難になるのです。そしてまた堪忍し、功徳を積むことによって、今日以降の未来がどんどん明るく開けていくのです。