徳こそ人の宝

掲載日:2023年12月1日(金)

今年の5月、浄心道場が4年ぶりに行われました。その時に稲盛和夫さんの話をさせていただきました。
 稲盛さんは「現代の経営の神さま」と言われ、昨年90歳で亡くなられました。稲盛さんは京セラを創業され、町工場から世界有数の大企業にされました。また、当時高すぎた日本の電話料金を安くするためにKDDIを立ち上げられました。創業者はKDDIほどの会社になりますと、会社を上場した時に持ち株によって莫大な利益を得ますが、稲盛さんは一株も持っておられませんでした。株は全部、社員に譲って創業者の利益は一切ありませんでした。これは利他行であることの証でした。また、日本航空を倒産から救って2年8カ月で再上場に導かれました。日本航空の再建を引き受けられた当時は民主党政権で、京都選出の前原大臣が稲盛さんに頼みに来られました。その時に稲盛さんが一つだけ条件を出されました。その条件というのが「給料なし」でした。本当に経営の神さま、仏さまです。
 稲盛さんの講演を私は二度、京都と東京で聴きました。その時に聴いた話の中でとても印象に残っている言葉があります。
「人生で大事なことは2つです。一つは、ど真剣に一日一日一生懸命に生きること。会社経営に関して、よく世間ではいろいろな権謀術数も時にはいると言いますが、全く嘘です。ただ、ど真剣に一生懸命にやる。それだけです。もう一つは利他の心をいつも持ち続けることです。社員を、お客さまを、縁ある人をいつも幸せにしようと心掛けることです」
 この後に六波羅蜜の話をされ、それに続いて運命について話されました。

「人生とは運命の織物のようなものです。人生は宿命の縦糸と、立命の横糸によって織りなされるものです」

「宿命の縦糸」というのは生まれた時に持っているいろいろな条件のことです。「立命の横糸」というのはその人の努力や徳を積むことによって変化するものです。稲盛さんは“運命の縦糸よりも立命の横糸の方が大事だ”ということを強調されていました。その後に安岡正篤さんの『立命の書、「陰騭録」を読む』の話をされました。

『陰騭録』とは袁了凡という中国の明の時代(日本では豊臣秀吉の時代)の高級官僚が自分の体験を一冊の本にしたものです。袁了凡は若い頃に大易者に占ってもらって、それが悉く当たるものですから、自分の人生はすべて決まっていると信じ切っていました。しかしある時、雲谷禅師という高僧に出会って、“運命は確かにあるが、自分の心と行いによって変えていくことができるのだ”ということを教えられて、大いに運命を善い方に転換していきました。その体験を息子のために残したのが『陰騭録』です。その本が中国で広まり、それが江戸時代に日本に伝わり、現在も読み継がれています。アマゾンで検索しますと5、6冊翻訳が出ています。むずかしいものから子ども向けのものまでいろいろあります。
『陰騭録』の中に「改過」という章があります。その中に「吉凶禍福には前兆がある」とあります。
「中国の春秋時代の至誠の心を持った重臣達が人の言動を観察し、予測してその過失や災禍を説くのに一つとして当たらないものはなかった。それはおよそ吉凶の兆は始め心の中に萠して、それから身体に現れてくるものであるからである。それ故、福がまさに来ようとする時は、その善なる相を見て、あらかじめこれを知ることができる。禍の来ようとするときも、その不善なる相を見て、必ず前もってこれを知ることができるのである」

 歴史上、有名な話があります。戦国時代、毛利氏の外交僧として有名な安国寺恵瓊という僧侶がいました。後の豊臣秀吉の時代に大名となる人です。この安国寺恵瓊が京都にいた時に、色々なことを調査していました。今でいうスパイのような活動です。そして毛利氏の大将に手紙を送りました。その内容が次のようなものでした。
「織田信長は今、天下人になろうとしているが、信長の時代は五年、いや三年も続かないであろう。来年には官位を得て公家になるかもしれないが、その後は高ころびにあお向けに転ぶであろう。藤吉郎(豊臣秀吉)、さりとてはの者になろう」
〝信長は失脚し秀吉がこれから天下を取るだろう〟ということを信長と秀吉の様子を見て恵瓊は予言し、その通りになりました。間もなく信長は本能寺の変で明智光秀に殺され、秀吉が天下を取ることになったのです。

 余談ですが、囲碁の世界で「三劫」というものがあります。これは非常に不吉とされています。三劫というのはだいたい一万回に一回くらい現れるという勝負のつかない手です。これが本因坊算砂とそのライバルの林利玄が、本能寺の変の前夜に信長の御前で勝負したときに起ったのです。その翌日に信長が殺されたことにより、囲碁の世界では「三劫があらわれると不吉だ」と言われるようになったそうです。

カトリック教会の修道女として有名なマザー・テレサが言っておられます。
「思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい。それはいつか運命になるから」心に思ったことがひいては運命を決めるということです。

『心学道話』に次のような話があります。
 昔、あるところに有名な八卦見(占い師)がいました。百発百中だと言われていました。ある日、目の前を通りかかった若い娘を見て、「あの娘は三日後に死ぬ」と言いました。そこに居合わせた友人が「あんな元気そうな娘が死ぬはずがない」と反論しました。それに対して八卦見は「わしの目に狂いはない。あの娘には明らかな死相が現れている」と言い切りました。友人は娘をつけて、家を見とどけて戻ってから、八卦見と賭けをしました。八卦見は死ぬ方に賭け、友人は死なない方に賭けました。三日が経ちました。八卦見が友人に言いました。
「今頃あの娘の家では、娘が急逝して大騒ぎになっているだろうから見てこい」
 友人が見に行くと、娘の家では葬式の準備どころか、全く平静でした。友人が拍子抜けしてしばらく見ていると、当の娘が元気そうに出てきました。友人がその通りに報告すると、八卦見は信じられないという顔をして、自分で確かめるために娘の家に行きました。そして娘を見て仰天しました。三日前に現れていた死相がすっかり消え去っていたのです。八卦見は、〝この三日間に娘の運命を変えるような何事かがあったに違いない〟と思い、「その間の出来事をすっかり話してほしい」と娘に頼みました。娘は「特別なことは何もありません。いつも通りです」と言います。しかし、八卦見はあきらめません。
「もう一度、思い出してほしい。何かいつもと違う出来事があったはずだ」
 娘は少し考えてから言いました。
「そう言えば昨夜、いつものように使いに行き、その帰り途、用を足したくなり、公衆便所に入りました。便所はひどく汚れていました。でも我慢できない程ではなかったので、そのまま用を足して帰りました。家に帰ってからどうにも気になってならないので、寝る前になってから、道具を提げて公衆便所に引き返して、きれいに掃除をしました。これで後の人も気持ちよく用が足せるだろうと思うと、心が晴れ晴れし、お陰で昨夜はぐっすり眠れました」
〝それだ〟と、八卦見は膝を叩き、何のことかわからず、キョトンとしている娘に言いました。

「その晴れ晴れした心があなたの相を変えたのだ。相を変えただけでなく、夜中に陰徳を積むことによって、運勢まで変えてしまったのだ」
 この話は『心学道話』ですから作り話だと思います。しかし、この話の中には真実があります。それは、〝功徳を積むことにより、どんな運命も変わる〟ということです。
 人相を含めて人の相というものは、その心遣いや行いによって刻々と変わるものです。貧相だからといって嘆くことはありません。徳を積めばよいのです。また逆に福相だからといって慢心してはいけません。こんな話があります。

 昔、イタリアで、レオナルド・ダ・ヴィンチが、ある貴族から「キリストの絵を描いて欲しい」と頼まれました。そこで、キリストにふさわしい福相の人にモデルになってもらい、絵を仕上げました。この絵は大変に喜ばれたということですが、数年後にまた「キリストの絵を描いてほしい」と、別の貴族からの依頼があり、同じ人にモデルを頼もうとしたところ、全く別人のように貧相な顔になっていて、とてもモデルにならなかったということです。

 最後に御開山上人のご法話を紹介して結びたいと思います。
「徳というものは、国家社会に奉仕をさせていただくような行いをせねば得られません。給料や報酬はなくても奉仕をさせていただいたならば、徳が積まれますからその徳が、必ず将来わが身を潤して喜びごとが来るのであります。精神修養をいたしまして、人格を高めることはまず、人に喜びを与えますことが第一であります。修養をして得られた徳の働きは今までの悪い因縁を消滅する作用もいたします。ついに悩み、あるいは迷いというものがなくなります。迷いが取れれば心の奥底よりうれしさが出てきます。何時とはなく顔に笑みが浮かぶようになり、自然と福相になります。そうなりますと願わずとも財も得られ、運も良くなるのであります。本当に徳こそ人の宝であると思います。絶えず努力して修養にいそしみ、徳を積みましょう」