人間関係の基本
先月号で紹介した、アメリカの啓蒙家、デール・カーネギーの『人を動かす』という本の中に「人をほめること」の重要性が随所に出てきます。目次を見ても「心からほめる」「まずほめる」「幸福な家庭をつくるためにほめる」とあります。
ほめるということは、人間関係の一番大事な潤滑油だと思います。
現在、横浜市長をしておられる林文子さんは、ホンダやBMWでトップセールスとなり、BMW東京では支店長、後に社長、フォルクスワーゲン東京でも社長をされたすごい方です。その林さんのモットーは「ほめて育てる」です。
BMW東京の新宿支店の支店長になった時は、セールスマン達に元気を出して良い仕事をしてもらうために、とにかく彼らをほめまくったそうです。ついたあだ名が「ほめ殺しの林」です。
林さんが支店長になった平成五年はバブル崩壊の後で、高級車が全く売れなくなり、新宿支店は十二支店中、最下位の成績の支店でした。林さんは著書の中で次のように言っておられます。
「どうしても業績が悪いと、社員の悪い面に目が行きがちです。自分のことは棚に上げ、あそこが悪い、ここが悪いと責めて、結局、負のスパイラルに陥ってしまいます。実は業績が悪い時ほど、社員のいい面に目を向けないといけないのです。
少しでも建設的な意見を言えば、それをほめる。ふだん大人しい人が、思い切って何かを言えば、それをほめる。人知れず努力する姿勢があれば、それもほめる。暑い日、寒い日に頑張って仕事して、疲れた様子で帰ってくれば、それをほめる。二日酔いなのに殊勝にも時間通り出社してくれば、それをほめる。
あとは支店のロケーションもほめる。高層ビルに囲まれているのに、向かいの中央公園は緑がいっぱいで美しい。近所にお寺や神社があって、縁起がいい。街行く人がスマートで洗練されている。
とにかく私はこの店に来て、しあわせだ、とアピールし続けました。絶対にマイナスのことを言いませんでした」
成績不振の部下との同行営業の時も、セールスのやり方を見てヒヤヒヤしながらも、お客さんの前でほめたそうです。すると、お客さんも安心し、言われた当人もうれしいのです。
帰りの車中でも「あのトランスミッションの説明の仕方、上手でしたね。私も勉強になったわ」とほめる。支店に着くと「今日はあなたと半日一緒に仕事をして楽しかった。ありがとう」と言い、とどめは「やっぱりあなたはダイアモンドの原石ね。これからが楽しみだわ。頑張ってね!」と付け加えたそうです。
こういうことを続けた結果、就任半年で十二支店中、達成率トップとなり、それから五年、一位をキープしたそうです。
平成十年には、新聞に「倒産ストリート」と書かれた永代通り際にあった業績不振の、銀座の中央支店に転勤されました。
ここでは部下を叱ることもあったそうですが、こんな感じです。
「どうしてあなたはこんなに素敵なのに、こんなつまらないルール違反をして、自分を貶めるの、もったいない」
「明日また頑張りましょう。私の話を聞いてくれてありがとう」
何か部下としては、ほめられているような感じがしますね。
こういう風にされて、この支店は三か月でトップに躍り出たそうです。この後、フォルクスワーゲン東京の社長に転進し、四年半で売り上げを倍増させたのです。
林さんはほめることを含めて“おもてなし”の達人です。セールス時代の話です。
セールスマンはよく、人を見て物を売るそうです。ですから、売れそうか売れなさそうかで相手との接し方が変わりやすいのですが、林さんはそういうことがないと言います。どんなに買いそうにない人でも、たとえ小さな子どもに対しても、丁寧に接するそうです。
車好きな小さな子どもが「カタログちょうだい」と言って店に来ると、他のセールスマンは「また来たか」と思って軽くあしらっていたそうですが、林さんは自らカタログを手渡して「ジュースでも飲んで行く?」と言い、「車乗ってみる?」と言って、エンジンをかけて乗せてあげたそうです。そして「おばちゃんは多分おばあちゃんになっても車のセールスをやっているから、大きくなったら買いに来てね」と言っていたのだそうです。
数か月後、子どもの一人が両親と一緒に来店しました。そして「子どもがすごく喜びまして、お礼を言いに来たかったのですがなかなか来れなくてすみません。実は今、ちょうど車を買い換えようと思っているのですが、いい車ありませんか」と言って、林さんから最高級のBMW7シリーズを購入されたそうです。
こんな話もあります。
ある日、どう見ても車を買いそうにない身なりの人が来ました。他の人は相手にしませんでしたが、林さんは一生懸命応対しました。
林さんはそれまでも、来て下さったお客様にはその日のうちにお宅に行き「今日はありがとうございました」とお礼を言われていたそうです。ですから、その人の所にも同じようにお礼に行くと、なんと大地主の息子さんでした。そして「いつもパッとしない格好で行くから、どこに行っても相手にされないんだけど、あなたはちゃんと応対してくれた。よし、あなたから買おう」と言って、すぐ購入して頂けたそうです。
林さんは、他社のクルマの悪口は絶対に言わないそうです。「相手をけなすというのはもっとも醜い行為である。人はいつでもどこでも、謙虚でなければならない」という信条をもってみえるのです。逆にほめるそうです。
ある雑誌の対談で「なんでもほめるって、商売がたきであってもですか」という質問にこう答えてみえました。
「もちろんです。ホンダにいた頃のことですが、私が一生懸命セールスをしましたが、結局他社の車を選ばれたお客様がおられたんです。でも、『いいお車をお選びになりましたね』とまずほめる。で、『とても残念です』と続けます。さらに、『この二か月間の商談で私と向き合って下さいました。だからお買い上げ下さったら、とことんアフターケアをしてお礼に代えたいと思っていたんです。そのチャンスを逃したことが残念でなりません』と。
そうすると、三か月後くらいに、お友達をつれていらっしゃいます。ご自分は他社の車を買われたのに、お友達には『ホンダのアコードはいいぞ。お前買えよ』と買わせてしまうんです」
ここまでくると林マジックと言っても良いかもしれません。
偉大な心理学者ハンス・セリエ博士は言っています。
「われわれは他人からの賞讃を強く望んでいる。そして、それを同じ強さで他人からの非難を恐れる」
正に真理です。
アメリカ建国の英雄の一人、ベンジャミン・フランクリンは、若い頃は人づき合いがへたでしたが、後年、非常に外交的な技術を身につけて人を扱うのがうまくなり、駐仏アメリカ大使となり、フランスとの友好を築き、独立戦争でフランスの加勢を得ることが出来たのです。
フランクリンが自ら語る外交成功の秘訣は「人の悪口は決して言わず、長所をほめること」だそうです。
日常の人間関係から国際外交にいたるまで、基本は同じと考えて良いかもしれません。