施しの心

掲載日:2023年11月1日(水)

皆さんがいつも実行しておられる三徳は、杉山先生が六波羅蜜の最初の三つ「布施・持戒・忍辱」を「慈悲・至誠・堪忍」とわかりやすく置き換えられたものです。「慈悲」は布施、施しということです。これが六波羅蜜の最初にあります。最初にあるということで、私は“まずこれを実行せよ“ということだと思っています。人間は誰しもあげるよりも、もらう方が好きです。“あげる方が好き“という人はなかなかいないものです。しかし、“もらう方が好き“という人ばかりでは世の中がうまく回っていきません。世の中を良くするためには「施し好き」を増やさなければいけません。そこで布施が初めにあるのではないかと私は思います。

ラジオパーソナリティで伝説のセールスマンとして知られる中村信仁さんが、ある新聞に「人生繁盛」というコーナーを持っておられます。

「商売繁盛という言葉は皆さんよく耳にされると思いますが、私は人生繁盛というのが大事だと思います。これは私の造語ですが、商売ばかり繁盛したって人様に嫌われたんじゃ人生は楽しくありません。商売も繁盛し、人として好かれてこそ毎日が楽しく過ごせるはずです。きちんと働いて、しっかり儲けて、たくさんの友達がいる人生。それを私は人生繁盛と言っています。人生繁盛にとって大事なことは、まず《出し入れの法則》です。出入口と言います。まず出すことが大事なんです。エレベーターでも電車でも乗っている人が出ないと入れません。これなんです。世の摂理はいつだって出すのが先なんです。出す入る、出す入るなのです」

 中村さんはわかりやすい例えをしておられます。

「例えば人の悪口を言うと自分も悪口を言われる。文句を言うと文句を言われる。人をほめると人からほめられる。優しくすると優しくしてもらえる。親切にすると親切にしてもらえる。笑顔を向けると笑顔が返ってくる。すべて自分が先に何かをすることから始まるのが世の摂理なんです。お金も同じです。喜んで支払うと喜んで入ってくる。支払いを渋ると入金が遅れる。一生懸命仕事をして物を納めた。すぐに入金をしてもらえるとうれしいものです。それが、一生懸命仕事をして商品を納めてもなかなか入金がないと“あそことの取引は嫌だな”と思うものです。逆にすぐに入金があると、“あそこは良いな、もっといい仕事をしよう”となるのです。最初に何を出すか。それは感謝の言葉です。文句や愚痴ではなく、まず感謝の言葉を出すのです。そういう人の周りには人も仕事も利益もみんな集まってくるものです」

江戸時代末期に600もの村を再興した偉人、二宮尊徳の教えに「たらいの水の話」があります。たらいの水を欲心を起こして自分の方にかき寄せると、向うに逃げる。人のためにと向うに押しやれば、自分の方に返ってくる。金銭も、物質も、人の幸福もまた同じことであるというのです。この話には前段があるということを尊徳から7代目の子孫である、中桐万里子さんのお話から知りました。中桐さんは言われます。

「『たらいの水の話』のもとは人間は皆、空っぽのたらいのような状態で生まれてくるということなのです。つまり、最初は財産も能力も何も持たずに生まれてくるのです。そして、そのたらいに自然やたくさんの人達が水を満たしてくれるのです。その水のありがたさに気づいた人だけが他人にもあげたくなり、“誰かに幸せになってほしい”と感じて水を相手の方に押しやろうとするのです。そして、そういう人が“自分はもう充分幸せです“と、他人に譲っても譲ってもまた戻ってきます。そして絶対にその人から離れないものです。しかし、水を自分のものだと考えたり、水を満たしてもらうことをあたりまえと錯覚して、“足りない、足りない、もっともっと“とかき集めようとする人からは、幸せはどんどん逃げていくというたとえ話なのです」

それでも世の中には“出すのが嫌“という人は多いものです。『成功哲学』という本があります。アンドリュー・カーネギーという伝説の大富豪がナポレオン・ヒルという駆け出しの記者に「アメリカ中の500人の成功者から話を聴いて本にしなさい」と言ってできたのが、この本です。

 その中には成功の秘訣、エキスのようなことが書いてあります。ヒル自身もこの本によって大金持ちになります。しかし、最後にヒルは本当の成功、幸せはお金も大事だが、もっと別のところにあることに気づきます。そこがカーネギーの真意だったのです。ちなみにカーネギーは大富豪であると同時に大慈善家であり、生涯にわたって莫大な寄付を続けた人です。アメリカにはカーネギーと名の付く公共施設がたくさんあります。

 その後、ヒルは別の本の中で次のように語っています。

「心の平安はあなたの健康全体にとって極めて重要である。そのお陰であなたの寿命は伸びるし、晩年でも長く活動的で生産的でいられる。私はお金持ちの中には心の平安を持っていない人が結構多いことを知っている。お金を大事に思う気持ちは良いことだが、強すぎる金銭崇拝は、結局、幸福を破壊してしまう。覚えておいてほしいのは、『成功哲学』はいかに富を得、なおかつ心の平安を保つかということを教えているのだ。あなたの心の平安を奪っていくものは何であれ、あなたの人生の最も大きな富を奪っていくことになる。あまりに熱心にお金を追いかけたり、賢い使い方ができる以上のお金を得ようとすれば、心の平安を失ってしまうものだ」

ある時、コカ・コーラ社の大株主の一人が、ヒルに相談があると言ってきました。会ってみるとその人は今、「心が苦しくてしかたがない。どうにかして心の平安と金を守りたい」と言います。よく話を聞くと「とにかく政府が憎くて憎くてしかたがない」と言うのです。“政府に税金として財産を全部取られるのではないか”と考えていたのです。この人はその時、すでに80歳を過ぎていましたが、“政府に財産を全部取られてしまって死ぬまでに生活困窮者になるのではないか”とまで心配していたのです。

「もし君が私の立場だったらどうするね。教えてくれ」

「私の本当に思っていることを言ってもいいですか。もし私があなたの立場にいて、心の平安が欲しいと思ったら、全財産を国債に換えます。そうすればすべて人のために役立つでしょう。そしてその国債の証書を全部暖炉に入れて燃やしてしまいます。これで心は平安になり、ぐっすり眠れることでしょう」

「冗談を言うな!」

「本気ですよ。あなたの心の平安を乱すものは、あなたの財産に対する執着心です」

 ヒルは、“心の苦しみはすべて、お金に対する執着心から来ているから、すべてを国家に寄付してしまえば、楽になりますよ“と勧めたのです。

 相手は当然、実行しませんでした。その結果、この人は残りの人生を苦しみの中で過ごしたといいます。ヒルは言います。

「“全財産を寄付してしまえ“というアドバイスがふさわしい人は滅多にいるものではない。だが、この考えは誰にでも当てはまる。心の平安ほど大切なものはない。若い人でこの考え方がわかる人はあまりいない。人生の経験を積むとわかる人もいるが、多くの人はわからないままだ。覚えておいてほしい。あなたは心の平安を保ちながら富を得ることができる。コカ・コーラ社の大株主はそこらの億万長者の2・5倍以上もの資産を持っていた。それを有効に使えば多くの人々を幸せにすることができ、心の平安を保つこともできたはずだ。彼はそれをしなかった。もしお金やその他のものがあなたの心の平安を邪魔するなら、迷わず心の平安の方を選んで、残りは手放してしまうことを勧める。心の平安に勝るものは何もないからだ」

結びに、コカ・コーラ社の大株主とは真逆の人物を紹介したいと思います。

 紫雲荘という修養団体を創始した橋本徹馬さんという方がおられます。橋本さんの書かれた本の中に「税金が殖える毎に神仏に感謝した人物」という話があります。この人物とは橋本徹馬さんの知人の田中清一さんという人です。橋本さんも田中さんも、もう亡くなって久しい方です。

 田中さんは沼津の富士製作所という製材機械を作る会社の創業者でした。参議院議員も務められ、山岳縦貫道路というものを創案されました。日本全国に山岳縦貫道路を通し、国家・国民のためにインフラ(社会的基盤施設)を充実させようと、時の総理大臣に進言し、昭和天皇の御前でもこれをご説明申し上げたという人物です。

 この田中さんは元々福井県の田舎で木こりをしていました。それが24歳になって初めて大阪に出て製材所に勤めました。その時の日給が50銭。製材機械を扱う外国人技師の給料が年俸1万円でした。田中さんはその技師の助手のような仕事をしていました。その技師が突然、自分の国に帰ることになり、製材所の社長さんは大慌てでした。技師がいなくなると外国製の製材機械が動かせなくなるからです。するとその技師が「田中が全部できるから大丈夫だ。田中にやらせてみろ。私と同じことができる」と言いました。その言葉通り、田中さんは操作を全部覚えていて、外国人技師と同じ仕事ができました。一躍技師に昇格した田中さんは日給50銭だった給料が、月給100円になりました。そのうち田中さんに、これから製材所を始めるという人から、「いろいろ教えてくれないか」と話がありました。田中さんは毎日のように仕事が終わってから真摯に相談に乗っていました。製材所が完成すると、その製材所の社長さんが「ありがとう。これは気持ちだ」と言って謝礼をくれました。それがなんと1万円でした。今の時代に換算すれば数千万円です。田中さんは「こんな大金はもらえません。だいたいそんなつもりで相談に乗ったのではありません」と言ってお金を受け取りませんでした。

 しかし、その社長は言います。「これはとにかくあなたにあげる。あなたはこの金を100万円にもする人だ」それでも、田中さんは受け取りません。すると今度は番頭さんが「うちの社長はあなたに惚れ込んでいるので、どうしてもあなたに使ってもらいたいというのです」と、そのお金を置いていきます。田中さんはそこまで言われるならとそのお金を受け取りました。しかし、そんな大金を持ったことがなかったので、“どのように使ったらいいものか“と、いろいろな人に相談しました。すると「青森からリンゴを仕入れて来て大阪で売ったらどうだ」とか「北海道から海産物を仕入れて来て大阪で売ったらどうだ」とか、金もうけの元手にすることを勧める人ばかりでした。田中さんはそんなことのためにこのお金を使ってはバチが当たると思い、悩んだ挙句に郷里の福井に帰り、母親に相談しました。このお母さんが偉い人でした。

「お前はそういう大事なことを人間に相談するからいけない。神さまに御相談しなさい」と言うのです。田中さんはなるほどと思い、一番偉い神さま、伊勢の天照大御神に御意見をうかがうことにしました。田中さんはその1万円を膝にのせて伊勢神宮の内宮で“神さま、これをどう使えばよいかお教えください“と一生懸命祈りました。すると、女性のような優しい声で「カヌチになれよ」と聞こえてきました。天照大御神は女神ですから女性の声だったのでしょうか。田中さんは「カヌチ」の意味がわからないので、いろいろな人に尋ねたところ「カヌチ」とはカネウチのこと、即ち鍛冶屋のことだとわかりました。そこで田中さんはガッカリしてしまったそうです。“自分は今、製材屋に勤めていて、将来独立して製材屋をやろうと思っているのに、何故、鍛冶屋にならなければいけないのだろうか”と思いながら、帰途に就くと、突然目の前に動く製材機械が見えました。そこで田中さんは「“カヌチになれよ“というのは、日本製の立派な製材機械を作れということか」と気づき、1万円を元手に富士製作所を沼津に創業したのです。

 この田中さんのすごいところは、商売が発展していくたびに、「これだけ納税することができました。ありがとうございました」と、納税書を神棚にお供えしたというのです。これもお母さんの影響です。

 田中さんが子どもの頃、お父さんがある時、お母さんに納税書に50銭銀貨を一枚置いて「今年は50銭所得税を納めねばならん」と言いました。その時にお母さんは「うちもなぁ、せめて2円くらい、所得税を納める身分になったらなぁ」と言ったそうです。それを聞いていて、子ども心に田中さんは“一生懸命に働いて、たくさん所得税を納められるようになりたいな。そうすればさぞかしお母さんが喜んでくれるだろう“と考えたのです。これが田中さんの仕事の原点です。

 橋本さんが田中さんに会った時には、富士製作所としては年額1億円以上の税金、田中さん個人としても1千万円の税金を納めていました。今から50~60年前の話です。今なら相当な金額だと思います。

 晩年、田中さんに伊勢神宮から「木札1千万体を作る製材所を神宮内に造りたいから設計をしてもらえないか」という依頼がきました。“これは伊勢の天照大御神に御恩返しをする時がきた“と田中さんは思い、すぐに承諾し、製材所の設計をし、富士製作所で作った機械を寄付されたということです。

 二宮尊徳の「たらいの水の話」のように、いつも恩を知って感謝の心で布施をすることが大事だと思います。