思い続けることは実現します

掲載日:2023年5月1日(月)

日蓮聖人の御遺文(智慧亡国御書)に「大悪は大善の来るべき瑞相なり」という言葉があります。とても悪いことがあると、必ずその後にとても良いことが起こるという意味です。同じように三年間コロナが続いたのは大悪ですが、この後に必ず良いことが来ると私は信じています。

 14世紀にペストという伝染病が流行りました。コロナよりずっと致死率の高い恐ろしい病気です。ペストの流行により、当時の世界の総人口4億5000万人の内22%にあたる1億人が亡くなりました。特にヨーロッパでは人口の三分の一の人が亡くなりました。

 しかし、その後にルネッサンスが起こったのです。ルネッサンスは日本語で「再生」、生まれ変わりという意味です。暗黒の中世から人間性を重んじるヒューマニズムの時代へと世の中が変わったのです。

 ルネッサンス期には三大発明があります。一つ目はグーテンベルクの発明した活版印刷です。それまでは本は写経のように書き写すことが基本でした。それが印刷技術によって、知識のグローバル化が進みました。また、皆が各国語で聖書を読めるようになり、宗教改革が起こりました。二つ目は羅針盤です。これによってコロンブスに代表される大航海時代が幕を開けたのです。三つ目は火薬です。これは軍事力の強化につながりました。ヨーロッパが覇権を握り、世界の中心となっていきました。

 ペストによりヨーロッパの人々は苦しみましたが、その後ルネッサンスが起こり、大悪の後に大善が来たということです。肝心なことは、大悪の後に大善が来るということを強く信じることだと私は思います。

 現在、コロナ禍が終息に向かいつつありますが、まだまだぶり返すのではないかと心配されている方もあると思います。しかし「心配する心で信心せよ」と言います。〝心配するような時間はもったいない。そんな時間があったら良くなるように祈りなさい〟ということです。心配というのは悪いことを考えることです。〝ああなったら嫌だな、こうなったら嫌だな〟と思うと、その思ったことを人間は引き寄せてしまうのです。

 アメリカの著名な心理学者であるジーン・アクターバーグが次のような報告をしています。

「乳房生検を受けた女性が初期の乳ガンと診断された。その診断の数時間後、あっけにとられた家族とスタッフがベッドのまわりで見守る中、彼女は死んでいった。彼女の死の原因は何であろうか?明らかにガンによるものではない。初期のガンでは人は死なないからだ。実は、彼女の母親は乳ガンで苦しみながら死んでいた。看病を続け、その様子をつぶさに見ていた彼女は、『母親と同じ病気には絶対になりたくない』と常々言っていたという。そこに、診断が言い渡される。それは、最も恐れていた乳ガンであった。彼女が言い渡された診断を心の中で処理していくうちに、体の生命維持機能が停止していったのは間違いない」

 この女性の場合、心配する心が乳ガンを引き寄せ、それと同時に命の火まで消してしまったのです。過度に心配するということはよくありません。心配し過ぎたことにより、悪い結果を引き寄せてしまうのです。私はいつも「心配する暇があったらその分、祈りましょう」と、よく相談に来られる方にお伝えしています。

以前、ある方が息子さん夫婦のことで相談に来られました。お嫁さんが待望の妊娠をされたのですが、お腹の赤ちゃんが頭に水がたまる水頭症だとわかったのです。クリニックからすぐに名大病院を紹介されたのですが、家族全員が不安で不安でしかたがなく、相談に来られたのです。私は「祈りましょう。お徳を積んで、絶対に良くなると信じて祈り続けましょう」とお伝えしました。何回かの診察の後、名大病院の先生が「もう心配ないから前のクリニックに戻ってください」と言われたそうです。先日、そのお子さんが小学校に入学するということで、うれしそうにランドセルを背負ってご家族で挨拶に来られました。私もとてもうれしい気持ちになりました。心配する暇があったら、そのかわりにお徳を積んで祈ることが大事です。

 ちょっと余談になりますが、今から二十年程前、『あなたの夢を叶えます』という番組が正月に放映されていました。芸能人がそれぞれ「自分はこんな夢がある」と言うのですが、そんな中で俳優の佐藤B作さんが「ゴルフが好きなんですけど、一度もスコアで100を切ったことがないんですよ。ぜひ一生に一度は80台でプレーしてみたいんです。こんな夢でも叶えられますか」と言われました。なんと番組がその夢を叶えたのです。特別なレッスンを受けたわけでもないのに、コースに出てすぐに80台でまわってしまったのです。種明かしをしますと、佐藤さんは催眠術をかけられたのです。ゴルファーは皆、いろいろな心配をしながらプレーをします。例えば〝バンカーに入ったらどうしよう〟〝池に入れるのはいやだ〟とか〝OBだけは絶対に避けたい〟というようにです。佐藤さんも同様でした。そして、いつもはその心配をその通りに実現してしまっていたのです。ところが催眠術で「何も心配することはない。必ずうまくいく」という暗示をかけられただけで、スイングは何も変わっていないのに80台でまわることができたのです。不思議なことですが、人間は知らず知らずのうちに心配や恐れを現実に引き寄せてしまっているのです。なかなかむずかしいことですが、心配や恐怖から真に解放された時、人間は本来の能力を発揮できるのかもしれません。この番組を見ていた友人が何人かいました。皆「催眠術をかけてほしいなあ」と言っていました。

 六年前に亡くなられた元上智大学名誉教授の渡部昇一先生は、安倍元総理の指南役だったことで有名ですが、渡部先生もよく講演で言っておられました。

「人生というものは悪いことがあったら、それはもっと良いことが起こる前兆だ。悪いことがあったら必ず、その見返りとしてそれ以上の良いことがあるものだ。自分は人生をそのように信じて生きてきた。またそういう経験をしてきた」

 ゼミの教え子が失恋をしてこの世の終わりのような顔をして、ゼミ室に入ってくると渡部先生は必ず「良かったな」と声を掛けたそうです。落ち込んでいる学生が「何が良かったんですか」と半分怒って言うと、渡部先生は言われました。

「今の人にふられたということは次にもっと良い人に出会えるという吉兆だぞ。私はそういうふうに信じているし、そういう経験を何度もしてきているから間違いない。今日は前祝いに一杯飲みに行くか」

 先生の煙に巻かれて学生は帰っていくのですが、その後必ず「先生が言われた通りでした。もっと良い人に出会えました。もっと良い人と結婚できました」と言いに来たそうです。学生は渡部先生の暗示にかかったのかもしれません。

 渡部先生自身の体験です。ドイツのミュンスター大学とイギリスのオックスフォード大学に留学をされた後、上智大学に帰ってきて講師になりました。それから少しして、図書館の住み込みの用務員の募集をしているのを知って、これは良いということですぐに用務員になりました。理由は図書館の本が読み放題だからです。その後、先輩の先生から「渡部君もそろそろ身を固めた方がいいから、お見合いをしないか」と言われ、女性を紹介されて何回かお見合いをしたのですが、全部断られたそうです。理由は「図書館に住んでいるような変わり者に娘はやれない」ということだったそうです。最後に、結婚された奥さまと出会うのですが、「全部断られたのが良かった。最高の女性に出会えた」と言っておられます。そういう考えの方なのです。

 渡部先生がイギリスのオックスフォード大学に留学されている時に本屋さんで、潜在意識の法則を提唱したジョセフ・マーフィーの書いた本にたまたま出会いました。その本には潜在意識の中に、強い思いや考えを入れるとそれが実現すると書いてありました。その本を読んで渡部先生はその通りだと思ったそうです。

〝善いことを強く思えば思うほど必ずそちらの方に向かっていくものだ。また悲観的な人、あれは駄目、これも駄目、こうなったら嫌だと思っているような人も、またそちらの方に行ってしまうものだ。確かに思いというものは不思議と善悪にかかわらず、実現の方向にいくものだ〟  渡部先生はジョセフ・マーフィーの本に大変共感して、日本にはまだ翻訳されていなかったので、大島淳一というペンネームでマーフィーの本を翻訳して、日本に紹介されました。これが大ベストセラーとなり今でも売れています。

渡部先生には人生を通して実体験があります。渡部先生の山形の実家はあまり裕福ではなかったそうですが、たまに行くおじさんの家には、川から水を引いた大きな池があり、そこにはアユやイワナが飼われていました。遊びに行くとそれを串焼きにして食べさせてくれました。その時に〝池のある家に住みたいな〟と漠然と思ったそうです。また高校時代の恩師の家に遊びに行った時、そこにはすばらしい書斎がありました。自分も本が好きなので〝将来はこの先生のように本に囲まれて暮らしたいな〟と思ったそうです。そうしたら、晩年には大きな池のある家に住み、そこにはたくさんの鯉が泳ぎ、書斎はちょっとした図書館のようだったそうです。渡部先生は言われます。

「思い続けること、願い続けること、それが一番大事なんです」

 渡部先生が上智大学に入学した時に渡部先生のお父さんが失職され、仕送りが途絶えてしまいました。当時、成績一番の学生は学費が免除になったそうです。渡部先生は全科目一番になるために四年間、頑張り通しました。四年間、ほぼ全科目一番の特待生で過ごしたそうです。その間、本を買うためにものすごい倹約をされました。服は買わず、着たきりすずめ、靴は米軍払い下げの靴で、靴下はめったにはきませんでした。教授の家に行く時だけ靴下をはいたそうです。学生がよく行く喫茶店にも入ったことがなく、映画も観たことがなかったそうです。渡部先生は英語学が専門なので、アメリカに行きたいと常々思っていたそうです。二年生の時に全額給付のアメリカ留学の話がありました。自分は一番なので、当然応募したら選ばれるだろうと思っていました。ところが、選ばれませんでした。その理由が、アメリカ人の面接官が「社交的でないのでアメリカに合わない」と言ったからだそうです。確かに喫茶店も行ったことがない。映画も観たことがない。よれよれの服で米軍払い下げの靴をはいている。社交的には見えなかったと思います。普通の人はそこでめげるものです。しかし、渡部先生は全然あきらめませんでした。〝アメリカに行きたいという願いを持ち続ければいつかは必ず成就するはずだ〟と思い続けたそうです。

 すると、大学院の時に担当教授に「渡部君、このドイツ語を翻訳してくれないか」と言われ、その場ですらすらと訳すと「君、英語だけでなく、ドイツ語もできるな。実はドイツのミュンスター大学から二人、あちらが全額費用を持つという留学生を募集している。一人はドイツ語専攻の学生に決めたのだが、もう一人を迷っていたんだ。君、どうだ」と言われ、「お願いします」と即答してミュンスター大学に留学することが決まりました。

 これには裏話があります。「訳してくれ」と言われたその文章は、実はたまたま前の晩に勉強していた文章だったそうです。一年生の時に英語学、特に文法を学ぶ学生は必ず「ドイツ語も一生懸命やるように」と言われていたのです。渡部先生はそれを真面目に受け止めて、ずっとドイツ語も勉強していました。サミュエル・スマイルズという有名な『自助論』を書いたイギリスの作家がいます。「天は自ら助くる者を助く」という有名な言葉で始まる本です。そのスマイルズの『自助論』が渡部先生は大好きで後にお墓参りもされています。スマイルズの『自助論』の英語版とドイツ語版を毎晩、読み比べてドイツ語を勉強していました。たまたま、前の晩に読んだドイツ語版に「インデーム」というむずかしい単語が使われていました。そのむずかしい単語、それが翻訳の肝だったのです。渡部先生は「あれはやっぱり、前向きな努力もあったと思うが、自分が留学をしたいと思い続けたから天がそこに梯子を下ろしてくださったんだと思う」と言っておられます。

 ドイツへ留学してミュンスター大学で修士の学位を取り、次にオックスフォード大学に留学されました。実は大学の二年生の時にオックスフォード大学の教授が上智大学に来られて、渡部先生がボランティアで通訳をされました。その時に自分はスマイルズが好きで、できれば将来お墓参りに行きたいと思っていると話しました。するとその教授が「そうか、君はスマイルズが好きか。私もあの精神が大好きなんだ。でも今、イギリスは左翼的になってしまって、スマイルズが全然評価されてないんだよ。気に入った。もしイギリスに来ることがあったら、オックスフォードで全部面倒をみてあげるよ」と言われました。その時、渡部先生はとてもうれしかったのですが、「私はお金がなくて、イギリスにはとても行けません」(当時、イギリスに行くにはサラリーマンの年収くらいのお金が必要でした)と言うと、「そうか。でももし、来ることがあったら連絡してくれ」と言ってくれました。その後、ドイツから手紙を出しました。「今、ドイツにいますが、イギリスに行ってもいいですか?」と聞くと「もちろんいいよ」ということでイギリスに行き、オックスフォードでお世話になったのです。

 渡部先生はイギリスから戻って、講師になり、結婚をされるのですが、その後、オックスフォードでの新たな出会いがもとでアメリカに招聘教授として招かれることになりました。最初の願いであったアメリカ留学も達成されたのです。その時にはイギリスの作家ハマトンが著した『知的生活』等で学び、社交術も身につけておられたということです。

 強い思いを持ち続け、それが潜在意識の奥深くにまで入り込むと、それはいつしか実現の方向に向かうのです。

『大悪は大善の来るべき瑞相なり』

 これから世界は良い方向に向かうと強く信じましょう。