頑張ることで人に勇気を与えることができます

掲載日:2014年6月1日(日)

生きる意味  何のために働くか

多くの方が日々働いておられます。そこで「何のために働くか」と聞かれたら、どうお答えになられるでしょう。おそらく「生活のため」とか「生きるため」、「お金のため」と答えられる方がほとんどだと思います。しかし、ただ生活のためだけに働くというのでは少しむなしい気もします。こんな話があります。

アメリカのある鉄道会社の社長さんの話です。ある時、その社長さんが線路の修理現場を視察していると、一人の作業員が親しげに「久し振りだね。君も随分、出世したものだね。君が社長になったと聞いた時には本当に驚いたよ」と話しかけて来ました。よく見るとその作業員は、以前一緒に会社に入った人でした。その作業員は言葉を続けて「数十年前には一緒に五十ドルの日給を貰うために働いていたのに、君は今いくら貰っているんだい」と言いました。それを聞いた社長は「そうだったのか。君は五十ドルのために働いていたのか。君と一緒に会社に入った時から今に至るまで私は、世の中の人たちに快適に旅をしてもらうために働いて来たんだよ」と言いました。

この心掛けの違いが、数十年後に大いなる差を生んだのです。

   自分の役割

仕事とは、その人が「社会、また人生で役割を全うするために必要なこと」と考えるのが一番いいと思います。

吉田松陰は松下村塾に入ってきた若者に対して必ず「君の生まれてきた役割は何だ」と聞いたといいます。聞かれた若者の多くは「わかりません」と答えたそうです。それに対して松陰は「とにかく誠を尽くしなさい。例えば掃除をするにしても、日常の何をするにも、すべてのことを誠心誠意やりなさい。そうした時に必ず自分の役割が見えて来ます。物事をいい加減にしていると自分の役割が見えません」と言ったそうです。そう言われて一生懸命やった若者達が明治維新を成し遂げたのです。

発明王として有名なエジソンも、同じ意味のことを言っています。エジソンのところに友人が息子を連れて来た時のことです。友人が「私の息子がこれから社会に出て働くことになるのだが、一ついいアドバイスをくれないか」と頼むとエジソンはうなずき、その息子と握手をして自分の研究室に掛かっている大きな時計を指差し「時計を見るな」と言ったそうです。時間にルーズになれというのではなく「時間を忘れ、寝食を忘れて働きなさい」ということを伝えたかったのです。

エジソンは生涯研究に没頭した人でした。研究室にこもって没頭するあまり、温かい食事を食べたことがなかったと言います。奥さんは必ず時間通り研究室の机の上に三食用意したそうですが、気付くといつも三、四時間経っていたそうです。

もっと驚くのは、睡眠時間が三、四時間だったことです。それも研究室の端にあるソファで仮眠を取るだけで、普通にベッドで寝るようになったのは、かなり年をとってからだったという話です。

   職業の選択

職業の選択には誰もが悩むものです。新渡戸稲造博士も「職業の選択というのは若者の一つの大いなる悩みであろう」と『修養』の中で言っておられます。また「職業の選択には、適正による選択と、偶然による選択とがある」と言っておられますが、多くの人が偶然の方だと思います。何が自分に合っているか、何が自分の役割か分からないから、たまたま入った会社で頑張る、という人が一般的だと思います。

「偶然」の分野で新渡戸博士が挙げられている人に、東京大学の教授をされた本田静六(一月号で紹介しました)という方がいらっしゃいます。林学の大家で国立公園の多くを作られ、東京の日比谷公園や明治神宮をも設計された方です。

この方は非常に貧乏でした。勉強をしたかったけれど、貧乏で学校にいけなかったのですが、たまたま親戚の人から「月謝のいらない学校があるから行ってみないか」と言われ、後の東京大学の農学部林学科に入りました。そこでの学問が合っていたのでしょう、教授にまでなり、林学の大家と言われるまでになったのです。

人間は、たまたまのところでも一生懸命やるとそれが好きになって、生涯の役割になることもあるという良い例です。

日露戦争当時、連合艦隊の参謀を務めた秋山真之という人がいます。この人のお陰で日本海海戦に勝つことが出来たといっても過言ではありません。実はこの人は文学部志望でした。正岡子規と仲良しで、子規と同じように文学を志していました。ところが普通の学校に行くお金がなくて、海軍に入ったのです。その人が日本の存亡の危機を救ったのです。

こういう偶然の選択も良いという事を新渡戸博士はおっしゃるのです。

   一生懸命やること

最近、「阿闍梨問答集」という本を読みました。天台宗の千日回峰行を二度成し遂げられた酒井雄哉大阿闍梨の問答集です。

この中に、「就職活動をしている学生ですが未だに将来どういう仕事をしたらいいか分かりません。どうしたら自分のやりたい仕事、生きがいが見つかるでしょうか」という質問がありました。酒井阿闍梨は「自分もなかなか分からなかった。四十歳くらいまでいろいろなことをやったが、なかなか思うようにいかなかった。

それが、お坊さんになって修行をするようになり、ようやく腰が座ってきた。なかなか自分の生きる道というものは分からんものだよ。ただ言えることは、一心不乱にやっているとそこに何らかの天からの導きがある。やっぱり何ごとにつけ一生懸命やることだよ」と言われ、一つの例を挙げておられます。

酒井阿闍梨の信者さんの息子さんの話ですが、東京芸大で彫刻を専攻し、優秀な成績で奨学金を貰って三年間フランスのパリに留学をしました。それなのに帰って来るやお母さんに「もう彫刻はやめて、パン屋になる」と言ったそうです。お母さんは「何のためにお金を出して芸大まで行かせたか分からない。

パン屋にするためじゃない」と怒ってしまったそうです。息子さんは「パリに留学して毎日パンを食べ、本当にフランスのパンは美味しかった。このパンを自分でも作ってみたいと思ったんだ」と言い、結局お母さんの止めるのもふりきってパン屋を始めたそうです。そうしてパン屋になるのですが、もともと芸術家ですからパンの形にも非常に工夫があって、大成功したそうです。

この息子さんは何につけても一生懸命だったと思います。そこに尊さがあったのだと思います。

   人に勇気を与える

論語に「十有五にして学に志す」という言葉があります。ここから十五歳のことが「志学」と言い習わされています。

若くして志を立て、自分の役割を見つけ、一生をまっすぐ行けば、それは素晴らしいことです。今、アメリカの大リーグ・ヤンキースで活躍しているイチロー選手がそうです。イチロー選手はジョージ・シスラーの持っていた年間安打記録257本を2005年に抜いて262本に伸ばしました。世界一の安打製造機です。去年は日米通算4000本安打を達成しました。張本勲さんが3000本安打を達成した時に、もうこれ以上打つ選手は現われないだろうと言われましたが、400

0本打つ選手が現われたのです。このイチロー選手が小学校の卒業文集にこんなことを書いています。

「僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。そのためには中学、高校と全国大会に出て活躍をしなければいけません。活躍をするには練習が必要です。僕は三歳のときから練習を始めています。三歳から七歳までは半年くらいやっていましたが、三年生の時から今までは365日中、360日は激しい練習をしています。だから一週間で友達と遊べる時間は5、6時間です。そんなに練習をしているのだから必ずプロ野球選手になれると思います。そして中学、高校と活躍し、高校を卒業してから、プロ野球に入団するつもりです。球団は中日ドラゴンズか西武ライオンズです。ドラフト入団で契約金は一億円以上が目標です」

実際に入団したのは、オリックス・ブレーブス、今のオリックス・バッファローズでしたが、イチロー選手の凄いのは「そして、ボクが一流の選手になったら、お世話になった人に招待券を配って、試合を見に来てもらうのも、僕のもう一つの夢です」と書いていることです。

この時すでに感謝の心を忘れていないのです。すごいことだと思います。

   努力を続ける

人によっては、イチロー選手は世のため人のためになることが自分の役割と思ってやったのではなく、自分の夢を追いかけただけじゃないか、と言われるかと思いますが、イチロー選手が新記録を達成することによって、日本中の人が夢と希望、勇気をもらいました。オリンピックでもそうです。スケートの浅田真央さんが頑張ると皆さん気分が良くなるでしょう。反対に転んだりするとガクッと来ます。そういう意味で、特にスポーツ選手は周りの人に勇気を与えることが出来ると思います。

大リーグで活躍した一番最初の人は野茂選手でしたが、野茂選手やイチロー選手の活躍で日本人大リーガーがどんどん誕生しました。やっぱり多くの人に夢と希望を与えたのだと思います。

韓国では女子のゴルフが非常に隆盛です。日本でも今、人気がありますが、韓国の女子ゴルフは次元が違うくらい人気があり、実力もあります。女子のメジャートーナメントは五つありますが、近年ほとんど韓国人が取っています。アメリカでの賞金女王も、日本での賞金女王も韓国人が多いのです。どうしてそんなに強いのかと言うと、今から十数年前、パク・セリという選手が単身アメリカに渡って、その年に全米女子オープンと全米女子プロの二つのメジャーに優勝したのです。それを見ていた当時の小学生の女の子たちが、自分もパク・セリみたいになりたいと思い、頑張ったのです。

スポーツ選手だけでなく、いろいろな人がそれぞれの分野で頑張ると、後の人はそれを見て自分も続こうと頑張るものです。それぞれが自分の役割を果たすため不断の努力を続けていくことが、人生には何より大事なことだと思います。