徳を積んで運を強くしましょう

掲載日:2019年5月1日(水)

“人間学を学ぶ月刊誌〟と銘打った『致知』という雑誌があります。その4月号が「運と徳」という特集でした。

最初に次のように書いてありました。「大分前になるが、たまたま乗ったタクシーのドライバーから聞いた話である。その人は本業が葬儀屋で暇なときにタクシーの仕事をしているのだった。ある時、五十歳がらみの一人の男性から母親の葬儀の依頼を受けた。その後父親は息子の世話になるということで、夫婦で蓄えた1億円を息子に譲渡した。それから一年後に父親が亡くなった。ところが息子は、『今度は葬儀をしない。お骨だけにしてほしい』と言う。『あなたは1億円を父親から譲られたのにどうして葬式を出さないのか』と聞くと、『実はあの1億円は自分で使ったり人に貸したりして、あっという間になくなってしまった』という答えだった。この話が物語るものは何か。徳のない人からはどんな幸運も去っていく、ということだろう」

以前、日達上人が「徳のない人が大金を手にすると、身につかないどころか逆に罪を作りながら、そのお金が消えていくものだ」と言われたことがあります。

『大学』にあるように「徳は本なり、財は末なり」ということでしょう。

また、「運・不運」と「徳」というものにはしっかりとした相関関係があるようです。

特集の中には、いろいろな「運と徳」に関する話が書いてありましたが、その中で日本能力開発分析協会会長の西田文郎さんと東洋思想研究家の田口佳史さんの対談から一つ紹介します。

西田文郎さんはビジネスマン、会社の経営者、トップアスリートなどの能力開発をしている脳の専門家です。北京オリンピックで女子ソフトボールチームが金メダルを取った時にはチームのメンタルトレーナーをしていました。何を教えたかというと、「感謝」を教えたのです。選手一人ひとりに「感謝すること」を教えたことで、チームが強くなったのです。田口佳史さんは西田さんより七歳年上で、東洋思想の中でも中国の古典の専門家です。

対談の中で西田さんは「脳幹は『本能の脳』です。ここに働きかけることで人間の運は開けます。働きかけるために7つの方法があり、これを『天運の法則』と呼んでいます」と言われています。

その一つ目は「真の親孝行をする」です。〝お前が自分の子どもでよかった。生まれてきてくれて本当によかった〟と親に思ってもらうのが真の親孝行だと言います。

二つ目は「先祖の歴史を知る」です。親は2人、その親は4人、十代さかのぼると先祖は1,024人になります。二十代さかのぼると104万8,576人になります。西田さんは「この中の1人でも欠けていたら、今の自分はいない。この104万8,576人が1人も欠けずにつながってきた、この奇跡のような事実に感謝をしましょう」と言われます。

三つ目は「日本の成り立ちを知る」です。紀元前660年に初代の神武天皇が建国を宣言されてから今上陛下まで125代、2679年連綿と続く歴史が日本にはあります。そして日本と他国との違いは、代々の天皇が常にご自分のことより国民の安寧、国の繁栄を祈られていることです。天皇はいつも国民のことを考えていてくださいます。毎年8月17日に私は終戦の話をするのですが、その時に昭和天皇が「自分はこの戦争に関する一切の責任を負うものであり、いかなる極刑にも応じる覚悟である。しかしながら国民の窮乏を見るのは耐えがたい。皇室の全財産を差し出すので、国民の衣食住の点のみにご高配を賜りたい」とマッカーサーに言われたということを話します。こういう国家元首は他の国にはいません。ありがたいことです。このようなことを考え、感じていくと脳の奥から〝良いことをしないといけないな。正しいことをしないといけないな〟と思えてくるのです。これが四つ目の「善と正義」です。

五つ目は「無知の知」です。〝勉強をしないといけない〟と感じることです。勉強をすればするほど人間は、〝自分は何もわかっていない。無知なんだ〟ということがわかってきます。かのアインシュタインが「学べば学ぶ程、自分がどれだけ無知であるか思い知らされる。自分の無知に気づけば気づく程、より一層、学びたくなる」と言っています。

昔、美術院の会合で横山大観に挨拶を頼んだところ、大観の第一声は「絵というものはむずかしい」だったそうです。参加者は〝大観先生にしてあの心境か〟と感心しきりだったということです。アインシュタインも横山大観も、〝学べば学ぶ程、もっと学ばなければ〟という境地に至ったのでしょう。アインシュタインはまた次のようなことを言っています。

「学べば学ぶ程、この世界は奇跡に満ちていることがわかる。神が創られたとしか思えない。人間の生き方には二通りしかない。あたりまえと思って生きるか、すべてが奇跡と感じて生きるかである」

六つ目は「天と約束をする」です。〝良いことをする。正しいことをする。勉学に励む〟ということを天に約束しましょうと言うのです。それには亡くなった近い先祖や恩師を思い浮かべて約束をするのです。漠然と天に誓うのではなく、そういう人を思い浮かべて約束をする。そして、死んでから、もしその人と会った時には「約束を果たしました」と言えるようにするのです。これを読んだ時、私も命終した時、御開山上人や日達上人にもしお会いすることができたら恥ずかしくないように、ねぎらっていただけるようにしないといけないとあらためて思いました。

最後は「伝承伝達する」です。私達は先祖から命を受け継いで生きています。それと同時に、より良く生きるための知恵や技術も受け継いでいます。それを未来の人々に伝承伝達する役割があるということです。法音寺の信仰をする者は特に慈悲・至誠・堪忍の三徳の教えを子子孫孫に伝承伝達しなければいけません。

この七つが西田さんの言われる、脳の奥深くに働きかける「天運の法則」です。次に田口さんが「運と徳ということを私に教え授けてくださったのは、松下幸之助さんです」と言われました。田口さんは30代の頃、なかなか仕事がなかったそうです。ある時、松下さんの創られたPHP研究所から「商道コースという研修の講師になりませんか」という話がありました。仕事がなかった時でしたので、すぐに「ありがたいです」と飛びつきました。打合せの時に「ところで、前の講師はどなただったのですか」と聞くと、松下さんだったのです。「松下さんの後に私がするのですか。とても無理ですよ」と言うと、「松下さん自身が『次は20代から30代の若い人にやってもらいたい』とおっしゃっているのです」ということでした。その後、松下さんに会うことになりました。その時、経営の神さまに初めてお目にかかるということで、「経営者の条件とは何ですか?」と思い切って聞いてみたのです。松下さんは「運が強いことや」と言われたそうです。

松下さんは口癖のように「自分は運が強い」と言われたそうです。この話は長く秘書を務められた江口克彦さんがよく書いておられました。松下さんは「特に二つのことで運が良かった」と言われます。

一つは学歴がなかったことです。松下さんは小学校中退です。お父さんが米相場に手を出して大失敗し、小学校を中退して火鉢屋に丁稚奉公に出されました。それで松下さんは「学歴が全くないので自分は人にものを聞くのが恥ずかしくない。また、素直に聞くのでみんなが教えてくれる。だから学歴がなくてついていた」と言われるのです。

もう一つは、松下さんの家族、親・兄弟で結核で亡くなっている方が多くいることです。松下さん自身も肺尖カタルという病気でよく寝込んでおられました。「これが良かった」と言われるのです。「自分は体が弱かったから、人に仕事を任せることができた。だから会社がどんどん大きくなった。自分がもし健康で何でもやっていたら会社は大きくならなかっただろう。だから自分は体が弱くて運が良かった」と言われています。

また、セメント会社でアルバイトをしていた時、沖合にその会社のプラントがあり、そこに蒸気船で運ばれている時、たまたま松下さんの前を通ろうとした人がよろけて松下さんにつかまり、二人とも海に落ちてしまいました。その時のことも「運が良かった」と言われています。江口さんが「どうしてですか」と尋ねると、「その時、夏でな、本当に運が良かった。冬だったら死んでいたな」と言われるのです。

あらゆることはどのようにも解釈ができるものです。その解釈の方向が肯定的か否定的かの違いです。物事の考え方で運の強さが決まるのかもしれません。松下さんはすべてのことに肯定的であることがまず大事だと考え、それを「運が強いことが大事」と言われたのかもしれません。これは私は〝まずは堪忍〟ということだと思います。どんな境遇にも一言も不平不満、愚痴を言わないということです。

田口さんの話に戻ります。その後、田口さんが「運を強くするにはどうしたらいいですか?」と真剣に聞くと、松下さんは「徳を積むことしかない」と言われたのです。さらに「徳を積むとはどういうことですか?」と聞くと、「自分の最善をすべての人に対して尽くしきることだよ」と言われたそうです。これは慈悲と至誠ですね。

松下さんが作られた製品は、〝これがあったら世の中の人が、便利で快適になるだろうな〟というものばかりです。エジソンが発明した電球もかなり改良されました。〝子ども達が夜も本が読めるようにしたい。私は小学校中退でろくに勉強できなかったけれども、今の子ども達にはみんな一生懸命に勉強してもらいたい〟という思いでされたのです。自転車も昔は無灯火で危険でした。そこで、みんなの安全を考えて砲弾型ライトを作られたのです。

今のパナソニックはさまざまな商品を作っていますが、昔はナショナルと言えば家電でした。冷蔵庫や洗濯機、掃除機など、みんな主婦のためのものでした。家庭の仕事をする主婦はみんな楽になりました。当時ソ連の副首相が松下さんの工場にやってきて見学した後、これ見よがしに「私達は労働者を資本家から解放した」と言いました。その時、松下さんは「そうですか。私は主婦を家事から解放しました」と言われました。さすが松下さんです。

詮ずる所、開運の秘法は、三徳の実行と感謝に尽きるような気がします。