掃除は仏道の基本です

掲載日:2021年2月1日(月)

幕末の大儒学者・佐藤一斎が『言志四録』の中で次のように言っています。
「人は真剣に考える必要がある。天はなぜ自分をこの世に生み出し、何の用をさせようとしているのか。自分はすでに天より生じたものであるから、必ず天から命じられた役目がある。その役目を謹んで果たさなければ必ず天より罰を受けるであろう。このように省察すると、うかうかと生きるべきではないことがわかる」
 自分の使命を自覚し、それを果たすというのはたやすいことではないと思います。
 杉山先生はよく当時の信者さんに「あなたはこの世に何をしに来られた」とお尋ねになりました。染物職人であった年若い赤塚正一さんがこの質問をされ、「働きにきました」と即答すると、杉山先生は「そうか、よし」と頷かれたそうです。普通はなかなかこのようにすぐに答えることはできないと思います。
 松下村塾の塾頭・吉田松陰も塾生に「君は何のために生まれてきたのか。生まれてきた役割は何か」と必ず尋ねたそうです。高杉晋作、桂小五郎(後の木戸孝允)、伊藤博文、井上馨、山縣有朋といった維新の元勲達も塾生としてこの質問を受けたことと思います。そして松陰は続けて「自分の役割に気づくためには日常のことに至誠を尽くしなさい」と言いました。日常のこととは、早起きやしっかりとした挨拶、丁寧な掃除、また時間を厳守する、人に対して誠心誠意応対をするというようなことです。
 これらのことに至誠を尽くすうちに、たった一年と一カ月の期間でしたが塾生達の多くが天下を動かす人物へと成長していったのです。
 今回は日常のなすべきことの中から掃除を取り上げたいと思います。

松下幸之助さんが晩年、私塾として作られた松下政経塾は政界に多くの人材を輩出しています。初代塾頭・上甲晃さんが書かれた『志を継ぐ』という本を読みました。イエローハットの創業者である鍵山秀三郎さんとの対談が収録されているのですが、その中で松下さんが講話でいつも言われていたのが、「掃除をしなさい」だったというのです。そして「天下の掃除をする前に身の回りの掃除をしなさい。身の回りの掃除もできない人間に天下の掃除はできません」と繰り返し言われたそうです。これがなかなか塾生には伝わりませんでした。塾生の中には「掃除なんかやってどんな意味があるんですか。意義と効用をちゃんと説明してもらって、理解できたらやります」という人もいました。七期生が松下さんの講話の時に「塾長、掃除をすることの意義についてもう一度教えてください」と質問しました。さすがの松下さんも「7年経ってこれでは、どうにもならんわ」と嘆かれました。上甲さんもこれはどうにかしないといけないと思われました。そこに会社の後輩から「鍵山秀三郎さんに一度来てもらって講演していただいたらどうですか」とアドバイスがありました。
 鍵山さんが来られてから塾生がようやく変わり始めたそうです。

対談の中で鍵山さんは厳しく指摘されました。
「私が思うに、政経塾で掃除の大切さがなかなか理解されなかった理由は、おそらく塾生の方々の目標が小さかったからだと思うのです。“早く国会議員になりたい”とか“名声を得たい”とか、その程度のことが目的だったのではないでしょうか。本当は、国家をどうしようとか、社会をどうしようといった大きな目標をしっかり持つと、人間というのは自ずからどうしたらいいかということがわかってきますから、そこで掃除と言われればすぐに理解できたと思うのです。けれども、あまりにも掲げている目標が低く、小さいがために、そういう理解に至らなかったのだと思います」
 当時を振り返って、上甲さんが言われます。
「私も今だったらそんなことはしませんが、当時は掃除の意義を一生懸命理屈で説明しようとしましてね。夜を徹して説いて聞かせたこともありますが、やればやるほど反発が高まり、泥沼にはまっていく。物事を理屈で議論し始めると、簡単なことがどんどんむずかしくなるのですね。“なぜ掃除一つするのにこんなに闘わなければならんのか”というのが正直な気持ちでした。今だったら、『わかってやろうとするな。やればわかる』と教えられるのですが」

 この話から、ずっと以前に読んだ『中心』という修養雑誌にあった話を思い出しました。松浦豊蔵という方の恩師K先生の話です。K先生が東大の学生を世話している時、毎朝4時に起こして便所掃除をさせたところ、一人の学生が「こんなことを続けさせるのなら、今日限り退学します」と訴え出たのです。するとそれを聞いていたK先生が言ったのです。
「君の言うところは一理ある。よろしい、君だけは便所掃除をしないでいいことにしよう。その代わり、君だけは今日から大便をするな」
 その学生が目をパチクリしていると、K先生はさらに言いました。
「君の大小便の世話をするために生まれて来たという人間が一人でもあったら連れて来たまえ」
 学生は急に晴々とした顔になって「すみません」と大きい声で言って、さっさと便所掃除にとりかかったということです。話を戻します。

 鍵山さんは「掃除の菩薩」と言われ、日本だけでなく世界中に掃除運動を広められています。特にトイレ掃除です。鍵山さんはどんな国でも、トイレを一生懸命掃除されました。
 ある人が「どうしてそんなに一生懸命に掃除をされるのですか」と尋ねると、鍵山さんは言われました。
「私は、本当は人の心を磨いてきれいにしたいのです。でも人の心は取り出して磨くことはできません。ですから、まず周囲をきれいにするのです。人間の心はまわりに影響されるものなのです。まわりをきれいにすれば自然と人間の心もきれいになっていくのです」
 また鍵山さんは「どんなに荒れた学校でも、トイレ掃除から始めて学校をきれいにすれば必ず良い学校になる」と言われています。新宿の歌舞伎町は日本一犯罪の多い町として有名でした。石原都知事の時に副知事を務めた竹花豊さんが犯罪を減らすために鍵山さんに協力を依頼しました。そして歌舞伎町で月に一度の早朝一斉清掃が始まりました。すると犯罪がどんどん減って行き、一年で犯罪件数が半減したそうです。町をきれいにすることで、人の心に影響を及ぼしたのです。
 鍵山さんが「トイレ掃除の五徳」というものを語っておられます。

1、謙虚な人になれる
「どんなに才能があっても、傲慢な人は人を幸せにすることはできません。人間の第一条件は、まず謙虚であること。謙虚になるために確実で一番の近道がトイレ掃除です」
2、気づく人になれる
「世の中で成果をあげる人とそうでない人の差は、無駄があるか、ないかです。無駄をなくすためには、気づく人になることが大切です。気づく人になることによって、無駄がなくなります。その気づきをもっとも引き出してくれるのがトイレ掃除です」
3、感動の心を育む
「感動こそ人生。できれば人を感動させるような生き方をしたいものです。そのためには自分自身が感動しやすい人間になることが第一です。人が人に感動するのは、その人が手と足と身体を使い、さらに身を低くして一生懸命取り組んでいる姿です。特に、人の嫌がるトイレ掃除は最良の実践です」
4、感謝の心が芽生える
「人は幸せだから感謝するのではありません。感謝するから幸せになれるのです。その点、トイレ掃除をしていると、小さなことにも感謝できる感受性豊かな人間になれます」
5、心を磨く
「心を取り出して磨くわけにはいかないので、目の前に見えるものを磨くのです。特に、人の嫌がるトイレをきれいにすると、心が美しくなります。人は、いつも見ているものに心も似てきます。また心が浄化されると、素直な心になれ、不思議と先のことがよく見えるようになります。自ずと不安や取り越し苦労がなくなります」

掃除は仏道修行の基本です。御開山上人は若い頃、早起きをして競って便所掃除をされたと聞いております。荒行堂では一日に何回も便所掃除をしますが、早朝は水が冷たくて進んでやろうとする人はいません。そこで御開山上人は「みんな嫌だろうから冷たい時は、私が一人でやろう」と、百日間一人で早朝の便所掃除をされたそうです。掃除が仏道修行の基本であるというのは、有名な周利槃特の話によるところが大きいと思います。

周利槃特という人は物忘れがひどく、自分の名前すら覚えることができなかったといいます。お釈迦さまのお弟子達は教えを詩の形式にして暗記していましたが、周利槃特はどうしても覚えられませんでした。ある時、秀才の誉れ高い兄の摩訶槃特に「お前には悟りを開くのは無理だから教団を出ていきなさい」と言われました。
 一旦は兄の言葉で還俗(※)を決意した周利槃特でしたが、教団を去り難く、一人祇園精舎の門前でしょんぼりとしていると、そこにお釈迦さまが来られ、周利槃特の心を見抜かれ、一本の箒を手渡して言われました。
「これから毎日この箒で、『塵を払い、垢を除かん』と唱えながら一心に掃除をしなさい」
 一心不乱に掃除を続けた周利槃特はいつしか「人の世の迷いは塵や垢なり。仏さまの智慧はこれ心の箒なり」という尊い悟りを得ました。この時、兄の摩訶槃特は未だ悟りを得ていなかったといいます。
 お釈迦さまは大勢のお弟子達を前にして言われました。
「悟りを開くということは、決してたくさんの教えを覚えることではない。教えをたくさん覚えても、正しく理解して実行しなければ何の意味もない。たとえ一偈でも実行を徹底すれば深い悟りに至れるのである。周利槃特はその良き手本である」
 周利槃特は法華経・五百弟子受記品において、お釈迦さまから「お前は将来必ず仏に成る」という記別を与えられています。説法の座に連なった弟子の一人「周陀」とあるのが周利槃特のことです。
 掃除の力は偉大です。人の心を清浄にし、成仏にまで至らしめるのです。

※還俗…一度出家した僧や尼がもとの世俗の人にかえること。