運命は自分から作り、 幸福は自分から求めるもの ④

掲載日:2019年1月1日(火)

今回は『陰騭録』の第三章「積善」についてのお話です。

積善とは「徳を積む」ということです。袁了凡は積善について『易経』を引用しています。『易経』は東洋最高の哲学書です。孔子はこれを何度も読んで、木簡を閉じている革のひも(韋)が三度切れたといいます。このことを「韋編三絶」と言い、繰り返し本を熟読することを意味します。

易経の中に「積善の家には必ず余慶あり。積不善の家には必ず余殃あり」とあります。〝徳を積んだ先祖がいれば、必ず子孫はその恩恵を受ける。罪障を重ねた先祖がいれば必ず子孫はその報いを受ける〟ということです。

袁了凡のお話の中に、叔梁紇という人が出てきます。代々よく徳を積む家の人で、この人もまたとても謙虚で徳を積む人でした。この叔梁紇に、顔甫という人が娘を嫁がせたいと思いました。三人娘がいて、長女も次女も「嫌だ」と言いました。叔梁紇が年をとっていたからです。しかし三女が「私が嫁ぎましょう」と言ったのです。顔甫は喜んで「あの男に嫁げば必ず良いことがある。あれだけ徳を積む家はない。必ずお前も子孫も繁栄するだろう」と言い、生まれたのが孔子です。今も孔子の一族は繁栄しているそうです。まさに「積善の家には必ず余慶あり」です。

『陰騭録』に掲載されている二つの話

「積善」の章には具体例がたくさん出ていますがその中から二つ紹介します。

昔、鄧茂七という悪人がいました。この男が大勢の人をたぶらかして反乱を起こしたのです。日本の室町時代の頃です。たくさんの人を殺して町という町を蹂躙しました。鄧茂七は、張楷という将軍に捕まります。その後、将軍が部下の謝都事に「まだまだ残党がたくさんいるから、残党を皆殺しにしてこい」と命令します。しかし残党というのは、貧乏な農民が止むに止まれず反乱に加わったというのが大半でした。そのことを謝都事は知っていました。そこで部下に「帳面を十冊と白い布をつけた小旗を数千本持ってこい」と命じました。そして謝都事は「その辺りの村々の主だった者を集めてこい」と言って人を集め、「そなた達は、やむをえぬ事情で反乱軍に従ったのであろう。もし今から自分達の非を改めて、元のように良き民となるなら、私の命に代えても助けてやろう。なお背こうと思うものは処罰することになる。もし悔い改めようと思う者は、そなた達一人ひとりこの帳面に名前を書き、名前を書いたものは悔い改めた印として、この白い小旗を戸口に掲げよ」と言いました。そして部下達に「今から残党の討伐にかかる。しかしむやみに人を傷つけたりしてはいかん。況やむやみに人を殺してはならん。そういったことをした者を私は絶対に許さん。死罪にするかもしれん。また特に戸口に白い旗を掲げた家には絶対に手出しをするな」と厳しく兵隊達を戒めました。これによって、殺されるはずだった残党の人達が一万人助かりました。謝都事は一万人の命を救ったのです。人の命を救う徳は大変大きなものです。一人の命を救うことでも大きな徳ですが、それが一万人ですから、とてつもない徳です。その後、謝都事の子・謝遷は、科挙の最後の試験、殿試で一番の状元となり、宰相となりました。謝遷の子・謝否も殿試を受けて三番で受かり、探花となりました。人の命を救うということは本当に大きな功徳があるということです。

もう一つは屠康僖という裁判所の事務方の人の話です。昔も今も冤罪というものがありますが、屠康僖は身分を隠して刑務所に入り、囚人達の話を聞いて冤罪は無いか調べました。すると、無実の者が何人もいるのがわかりました。「その人達を救ってもらえないか」と裁判所の長官に進言しました。それが認められ、裁判がやり直しになり、無実の人達が救われました。また屠康僖は「私が調べたということは一切内緒にしてください。すべてあなたの判断でされたことにしてください」と言ったので、この長官は名裁判官として知られるようになりました。屠康僖は長官に「都でもこんなことがあるということは、地方にいったらもっとたくさんあるでしょう。そういった人達を救いたいと思います。長官の名前で皇帝に進言してもらえませんか」と言いました。そして、これが通り、五年に一度再審をしようということで減刑官が地方に行くことになりました。屠康僖も減刑官に選ばれて、多くの冤罪の人達を救いました。ある日、屠康僖は夢を見ました。夢に神さまが現れて「そなたの運命では子どもは一人もいないところであったが、このたびそなたが減刑官という職を作るよう裁判官を通じて皇帝に奏上した。これを天帝が非常に喜ばれた。よって天帝よりそなたに尊い三人の子どもを与えることになった」と言い、このあと本当に三人の男の子が生まれて三人とも高官になりました。善いことをすれば、必ずその因果が本人、そして子孫にも伝わっていくのです。

徳積みは子孫に反映される

安岡正篤氏が『陰騭録を読む』の中で言っておられます。昔、アメリカ政府がおもしろい調査をしました。非常に悪質な家系と非常に優れた家系、その子孫を追跡調査したのです。それを見ると本当に〝積善の家、余慶あり。積不善の家、余殃あり〟がわかります。悪質な家系とされたジューク家の初代ジュークは1720年にニューヨークの片田舎で生まれた怠惰な無頼漢です。彼から六代の間に1200人の子どもが生まれました。その中、300人が赤ん坊の時に死に、310人が極貧のため収容所に入れられ、440人が病的な不良、女子の過半数は売春婦でした。さらに130人が監獄に入るといったような状況で、真面目な職業についたものはわずか20名だったのです。これに対して優れた家系とされたエドワーズ家、初代のジョナサン・エドワーズは1700年の初頭に生きたアメリカの代表的な神学者です。判明した子どもの数は1394人、その中、1295人が一流の大学を卒業し、3人が大学の総長、65人が大学教授、100人以上が牧師、神学者、60人が作家、新聞記者、法律家になったものが100人以上、その他30人が裁判官、80人が官公職につき、その中には副大統領や上院議員になった人もあり、それぞれが社会の人から尊敬される地位について繁栄していたのです。徳と罪というものは遺伝のように子孫にずっと続いていくようです。

袁了凡は徳を積む心得として「ただ善事でさえあれば、どんな小さなことでも捨ておかず、飢えたる者が食を求めるように、渇した者が水を求めるようにひたすら飽くことなく功徳を求めよ」と言っています。徳を積もうと思う気持ちが大事なのです。

法音寺の昔の信者さん達の徳積み

『仏教感化救済会の信仰』という本の中の、中島勇一さんのお話を紹介します。

「私は三徳の修養をするようになって、まず今日までの自分の生活を反省してみました。そして、いろいろな無駄や、寒心すべき行いに気づき慄然としました。それからは妻とともに語らい合い、悪い行いは直すようにしました。八百屋へ行ったら成るだけ品物の悪いのを、また、秋刀魚等は小さいのを撰って、それを値切らず買って来るようにしました。そうすれば後から買いに行った人々は良い品物を買うことができ、その人達を間接に喜ばせてあげられるし、ひいては八百屋さんも喜ぶでしょう。すべて買い物はこんな風にしてやることにあらためました」

次は安井鉦五郎さんのお話です。

「私の友達に市電の車掌をしている人があります。その友達が職務上一番困るのは、ラッシュ・アワーなどの時、電車賃の釣銭を出すことだと申しました。『甚だしい時には、六銭の電車賃を十円札で出す人がある。こんなのは番外だけれど、それでも五十銭なんかで出すのはいくらでもある』と申しました。

 私はこれをその友達に聞いてから、必ず電車に乗る前に釣銭のいらない様に六銭の用意をしておくことにしております。こんな些細なことですけれど、これで少しでも車掌さんに迷惑をかけずにすませたら…と思って実行しております。〝私は電車に乗ってやるぞ!〟という気持ちより、〝電車に乗せてもらう〟という気持ちが大切だと思っております」

 このような小さなことでも徳積みを心掛けることが大事だとつくづく思います。

国際救助隊の活動

人材育成の専門家の福島正伸さんという方が『まわりの人を幸せにする55の物語』という本を出しておられます。この人は国際救助隊というものを組織されています。国際救助隊というのは、〝どんなことでも人のためになることをしよう。通りすがりのように、良いことをして風のように去っていこう〟という人達の集まりです。

以下、隊員の方のエピソードです。

「今日の朝、福島市では雪が降っていました。結構積もりました。会社近くの道路で、側溝に雪が積もっているのに気づかず、はまってしまった車を発見しました。すかさず社員に救助要請をかけて重機で無事救助しました。もちろん通りすがりの者ということで、すぐに立ち去りました」

「僕の住む七尾は午後から大雪。早速、一人暮らしのおばあちゃんの家の前を、こっそり除雪してみました。無事、誰にも知られず任務完了!冷えた体をお風呂で温めました」

「いつも黙々とレジで精算してくださる係の人にかける言葉を『どうも』から『ありがとう』に変えました。笑顔になる人が多く、気持ちが良かったです。これからはいつでも『ありがとう』にします」

「おしゃれな花屋さんのレジに行列ができていました。時計を見ながらちょっとそわそわ気味の若い男性がいらっしゃったので『お先にどうぞ』と列の順番を譲りました。『プレゼントですか?』と聞くと、恥ずかしそうに『はい、そうです』と言われました。こちらもウキウキした気分になりました」

「先日、閉店間際の回転寿司に行きました。私はいつもまわっている寿司を見ながら、新鮮な寿司が欲しいと、席にあるモニターでオーダーしていました。けれども妻は、毎回まわっている寿司しか手にとりません。あまり気にしていなかったのですが、少しくたびれたようなハマチに手を出したので、『こっちでオーダーするともっと新鮮なのが来るよ』と言うと『これ、このままにしておいたら捨てられちゃうでしょ、もったいないじゃない』と言いました。妻も隊員かもしれないと思いました」

「今日は仲間とバーベキューでした。自然豊かで、いろんな人がバーベキューをする場所。残念ですが、ゴミやタバコの吸い殻がたくさん落ちていました。バーベキューを終えて片づけた後に、来た時に落ちていたゴミも全部拾って持ち帰りました。『来た時よりも美しく』の任務完了。自然が喜んでいました」

まずは身近な小さな徳積みからです。これがとても大事です。これこそが始祖の教えです。